自分を信じる練習
みなさん、こんにちは!
いつもnano.ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
今回はプランナーアシスタントチームより岩月がお送りします。
突然ですが、私は自分に自信がありません。
「よし、これでOK!」と言い切れる日よりも、
「本当に?」と疑ってしまう日のほうがずっと多いです。
誰かがかけてくれた前向きな言葉も、つい謙遜や否定で返してしまうし、
何事においても一区切りついた瞬間から、
どうしたらもっとうまくできたのか、
どうしたらもっとより良いものになったのか、
もっと、が止まらず、ひとり大反省会が始まります。
でもたまに、ただただ心が疲れてしまう瞬間があります。
すべてを自責で捉えすぎてしまい、過程を認めてあげることはおろか、
自信のなさから来るその自責思考が、自分自身を刺してくるような感覚すらあります。
そんな自分をどうにかしたい、と思いながら過ごしていたある日、
マネージャーにこう言われました。
「ますみのことを良いと言ってくれる人の言葉を信じてみたら?」
その言葉を聞いたとき、正直すぐにうなずけたわけではありません。
そんなことができる人は最初から自信がある人だ…、とも思いました。
しかし、なぜだか少しだけ心が止まりました。
相手が何気なくかけてくれた一言に救われた経験は、
きっと誰にでもあるのではないでしょうか。
自分では気づけなかった自分を、誰かが見つけてくれていた。
そんな瞬間が、一度はあるのではないかと思います。
中学生の頃に部活のコンクールで演奏を終えた直後、
普段はあんまり褒めない顧問の先生がかけてくださった
「頑張ったな。」の一言。
この言葉は、私はちゃんと頑張ることができる人間なんだ、と、
確かに思い出させてくれる言葉です。
そう考えてみると、私はこれまでたくさんの言葉に救われてきました。

私は昔から、好きな言葉を集める人でした。
本のタイトルや、ドラマの台詞、歌詞や聖書の一節、詩などなど。
心が少しでも動いた瞬間の言葉を、たくさん集めてきました。
例えば、私のマイポリシーである『いつもご機嫌に』。
これは、私が中学生くらいに出会った言葉を少し変えた言葉です。
元の言葉は、中学生から現在に至るまで私のお守りのような言葉で、
なにか迷った時、よりご機嫌な方にしよう!といつも思考を整えてくれます。
逆も然りでしょう。
私が何気なく放った、もう覚えていないようななんでもない言葉が、
誰かの支えになっていたかもしれない…。
そう思うと、自分が発する言葉ももう少しだけ大切にしてみようと思えます。
今思うのは、
自分を信じるということは、いきなり強くなることではなく、
もっと小さなことの積み重ねなのかもしれない、ということです。
誰かがくれた言葉を、少しだけ借りてみること。
自分を良いと言ってくれる人の声をちゃんと受け取ってみること。
そんなひとつひとつが、
自分を信じることにつながっていくのかもしれません。

そして、nano.で働く中で、
それを支えてくれている仕組みがあるとも感じています。
nano.には「マイビジョン実現プログラム」という評価制度があります。
ただ評価されるだけの時間ではなく、
自分では気づけなかった良さを、誰かが見つけてくれる時間でもあります。
自己評価と他者評価。
その両方を受け取りながら、少しずつ重ねていくことで、
「これが自分なんだ」と思えていく。
そしてそれが確信となったとき、
その人らしさや生き方が、言葉として表れてくるのだと思います。
「あなたってこんな人だよね」と言われる言葉。
それはきっと、その人が積み重ねてきたものなのだと思います。
そうやって少しずつ、自分を信じる練習をしていけたらいいな、と考えています。
